第31回禅のつどい 10月27日(土)18:00~

第31回禅のつどい
10月27日(土)18:00~

寝ニョロ→「楽健法」で踏み付け合いました。

坐禅と講話をし、そのまま坐禅しながら行茶に。

行茶のお菓子は地元福田屋さんの「とちもち」
今日はこの「とちもち」に参じて皆さんと一緒に修行をしました。

三度三度する食事というのは不殺生戒を犯していますね。

食材の生命はどのように成仏するのか。
その命に関わった神羅万象のあらゆる因果はどのように成仏するのか。
食材を作った人、お菓子にした人、販売した人、あらゆる因果が自分の目前に集まり現成している。
この現前の事実にどう向き合い、どのようにいただくのか。

餓鬼道というのは、口にする物がすべて火に変わってしまい永遠に満たされることのない状態と言われます。
この「火に変わる」というのはよくできた比喩ですね。ガツガツと味もわからずにむさぼり食べる。テレビを見ながら食べる。時間に追われて食べる。これでは食べものが火に変わってしまいますね。
多い少ない、旨い不味い、好き嫌い、高い安いと愚痴を言う。これでは目の前の食べ物そのものではなく、自分に都合の良い意味を食べようとしてますね。
これでも火に変わってしまう。

一つ口に入れたなら、皿と箸を置き、眼を閉じて、ゆっくりとよくよく咀嚼して、自分の口中に現れるこの味覚、嗅覚、触覚を十分に活かして深く味わう。100度も噛んでいくうちに食事が坐禅となりますね。

誰でも「無視される」ということは辛いことですね。自分の感覚器官をちゃんと通して認識し受けとってあげてください。
これが成仏なのかなとも思いました。
食材の成仏、作り手の成仏、食べる者の成仏。生命の成仏。
履物をそろえると履物の成仏、紙屑を拾えば紙屑の成仏。床を磨けば床の成仏。
修行とは成仏事をしていくことでしょうか。

では草むしりをすることはどうか?

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